おめでたいの鯛

頭がおめでたい

彼女が韓国旅行に行ったので心配で死にそう

彼女が韓国旅行に行ってて心配で心配で文章書いても気がまぎられない鯛です。

 

よりによって・・・グゥ・・・なぜ韓国なんだ。

 

2年前まで嫌韓やってたぼくとしては、かなりキツイ。

韓国の治安や旅行の安全性を調べても嫌韓の方の文章がよく目立っていて、悪い情報ばかり。

向こうでなんかあったら・・・とついつい考えてしまう。

 

韓国について調べるとき、情報リテラシーが意味をなさない

これってぼくだけなのかな。

検索トップに出るようなサイトでもどうも嫌韓イメージを誇張してるように感じてしまう。

逆に、韓国は安全ですよって言ってるサイトは危険性について全く触れないから何とも言えない。

危険に遭遇しなかっただけのラッキーパーソンなのだろうか。

 

情報の取捨選択というよりも、韓国を危険視するか、しないかの二択に迫られているようにしか感じられないのだ。

韓国に対する偏見から立ち直ろうと過敏になっているせいかもしれないが・・・。

 

リスクは常に存在する

海外旅行に行くというのに危険性がないとは絶対に言いきれないだろう。

しかし、かりに韓国の犯罪発生率が高かったとしても旅行に行くのをとめるだけの知識の経験もない。

そりゃそうだ、日本から出たことがない人間が、あれこれ口出すのはおかしい。

 

リスクがあるったって日本で普通に横断歩道を渡るのだって同じくリスクが発生する。

韓国に一回行くのがダメで、横断歩道を1万回渡るのが許可されるなんておかしいだろう。

いや、おかしくないか。

横断歩道を渡るのは日常生活に欠かせないものであって、それなしでは生きるのも難しい。

韓国旅行は行かなくても生きていけるし日常生活に支障はない。

 

しかし、生きるという定義をなにか考えたときに、「日常生活を送ること」ではなかった場合、韓国旅行を否定することができなくなる。

冒険家がインターネットの世界だけでは生きていけないのと同じように。

やっぱり、リスクの大小だけで判断するのはおかしいことか。

 

愛ってなんだろう

「君のためを思って言ってるんだ。」なんて言葉が大嫌いだ。

人のためという大義名分をかざして自分の理想を押し付けてるだけ。

理想と現実とのギャップに耐え切れない自分を救うため。

 

「嫌な思いをして欲しくない。」これも嫌いだ。

嫌な思いだと思ったのは、その人自身の感想であって。

嫌な思いをしている”よう”に見える人を見て自分の心が傷つくのが怖いだけ。

 

彼女が傷つくのが怖いんじゃない。

彼女が傷つくことでぼく自身が傷つくのが怖いんだ。

 

輝きを失わないように閉じ込めしまったら。

その源を奪ってしまうことになる。

 

 

 

 

何も言わずに見送ったのは正解だったと思う。

 

無事に帰ってくることを心から信じたい。