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おめでたいの鯛

頭がおめでたい

涙もろくなるのは、メリットしかないよ。

 

男なら泣くんじゃない!

 

こういう言葉をよく聞きます。

 

ありますよね。

公園で小さな男の子が転んで泣いてるところ、「男だ!泣かない!えらい!」みたいな声かけしてる親をよく見かけます。

 

ぼく自身は、親にこんな言葉は言われたことはありませんが、世間がこんな風潮だということは小さいころから理解していました。

 

涙を見せるというのは、弱みを見せる、自分が弱いことを示すものだとずっと思っていたのです。

小学校のころは2,3回泣きそうになったことがあったと思うが、なんとかこらえたり、隠して涙ふいて誤魔化したりしていた記憶があります。

よく泣くやつは、泣き虫泣き虫っていじめられてたんじゃないかな。

 

クラスメートの前で泣くなんて”恥である”とさえ思ってた。

 

 

その考えはつい最近までずっと変わりませんでした。

 

高校生のときだ、家族以外の前で初めてうまくしゃべれないくらい号泣しました。

いろいろあって、彼女の前で泣いてしまったのです。

人前で泣くというのは、違和感は感じました。

しかし、こちらにも限界があるぞ、というのを彼女に示すためにも、半分わざと泣いたら、おさまらなくなってしまった感じですね・・・。

その日から、かなり涙もろくなった。

人前では全く泣かないものの、彼女の前でよく泣くようになっていました。

悲しいとき、悲しい気持ちを思い出したときに泣きました。

 

泣くと不思議と気持ちがすっきりのです。

泣き終わると、なんだか心がスーッとなって、自然と笑顔になっています。

 

一昨日のことだ、初めて彼女以外の人前でめちゃ泣きました。

ぼくの最近の超お気に入りの方のセミナーに参加して、今までの情報発信とその日のセミナーにかなりの感銘を受けました。

もうなんだかうれしくなっちゃって。

セミナー終了後に、本人に会いに行ったんです。

列ができてたので、並ぶのかなーと思いきや、みんな写真とって帰るだけだったので、順番はすぐにやってきて・・・

 

いざ、その人を目の前にすると、うれしさと言っていいのだろうか、もう言語化不可能なレベルでいろんな感情が湧き上がってきました。

その感情のままハグを求める。

ハグをすると、あたたかくて安心してうれしくて、自分の思うままに話し出しました。

今までブログ見てたこと、今回のセミナーで大変感銘を受けたこと、これからもブログ楽しみにしていること、ぼくの理想の人間であること、すべてを伝えきらないうちに涙が出てきて、足が震えて、言葉もうまく出なくなってきて。

そしたら、「うん、大丈夫、大丈夫だよ」とずっと言ってくれて。

とても安心した。

「とってもつらいことがあったんだね。」と続けて言われました。

つらいことがあったのかは分かりません、自分を被害者にしたてあげたくないところがあるので。

でも、なんだかその言葉が一番印象に残ったのです。

「また参加します」と言って会場をあとにしました。。

 

公園で景色を見ながらいろいろ考えました。

 

なぜ涙が出たのか。

 

それは、”泣く”という感情表現へのメンタルブロックが外れかけているということなのかもしれません。

”泣く”というのは一種の感情表現。

笑ったり、怒ったりするのと、おんなじ。

 

泣いている人がいると、何かと周りは注目してしまう感じがあります。

だから、泣くのは恥ずかしい、とずっと思ってました。

 

でも、それは間違っていた。(気がする

どうして自分の感情を抑える必要があるのか。

自分の感情を抑えて、どうやって自分を大切にすることができようか。

根本から間違っていたのかも。

自分を大切にするということは、自分の感情やその表現を大切にするということ。

 

仮に”泣く”という行為が弱みであるのなら。

弱み見せられる方が、かっこいいな、なんて思います。

野生動物と違って弱みみせても死なないんだから。

 

喜怒哀楽のうちの喜びと楽しみだけが”良い感情”のように言われてるように感じます。

悲しみだって必要な感情であり、表現すべき感情だとわかった。

 

同時に怒りもしっかり表現すべき感情なのだろうか。

怒りに対してもメンタルブロックを外すべきなのだろうか。

感情を自分の内で増幅させるのと、素直に表現するのは全くの別物。

感情を殺すよりも、正直に表現した方が良いのかもしれない。

 

なんにせよ”泣く”という感情表現は抑える必要がないのだ。

今日はそれを悟った。