おめでたいの鯛

頭がおめでたい

友人なら間違ってることを間違ってると伝えるな!

 

学校の先生にずっと言われてきた言葉がある。

「友だちなら間違ってることを間違ってると伝えなさい。」という言葉。

過ちを正してやる関係こそが友である。

というメッセージを暗示してるんだろうけど、

どうしても違和感を感じる・・・。

 

本当にそうなの?

その関係は本当に友だちと言えるのか。

 

善悪判断は個人によるもの

 

まずここだよ。

その行動が善いのか悪いのかっていうのは、

人それぞれが判断するものだよね。ってところ。

 

例えば、最近YouTuberを目指す小学生が多いって聞くけど、

自分の夢を追いかけて、

自分の顔をネット上に載せようとする小学生に対して、

それはリスクが大きいということで、

ネット環境を制限する親。

 

その親の行動が正しいのか間違ってるのかって言ったら、

その親としては、子どもを守るためなんだっていう

大義名分をかざしてるから正しいんだろうな。

 

でも、子どもからしたら

やりたいことを制限されたわけだから

それは、最悪だよな

 

ぼくから見たら、

顔をさらすリスクよりも

純粋な好奇心や行動力をうばうリスクの方が大きいから

それは間違っていると判断するわけで。

 

人それぞれ大切にするものが違うわけだ。

 

そんな中で、自分の正義ではあなたの行動が間違ってるから

はい、やめなさい

 

なんて言って何が得られるか。

それはただの正義の押し付けだと思うんだ。

 

 

友人なら絶対的味方でいろ! 

 

本当の友だちというのは、心の友達と書いて心友だ。

肯定してより沿ってあげなくてどうして友だちと言えようか。

 

自分の正義に沿わない人間を否定するなんてそれこそ偽りの友情である。

異文化交流における「互いの尊重」というポリシーはどこにいったんだ。

お互い違ってそれでいいんだ。

考えが違う、価値観が違う、だからいいんだ。

 

それを「すべて俺色に染めてやる」

ってのは、支配欲に染まったダサい奴とそう変わらないな。

 

友だちってのは信頼関係のこと

 

友だちっていうのは、信頼関係が確立して初めて成り立つもの。

はい、今日から友だち!っていうのはなかなか難しい。

 

お互い背中預けられるぜっていうのが友だちなんだ。

じゃあ、人の行動にあれこれ正義をかざして文句つけるやつが友だちになれるかって。

そりゃ一緒にいて、居心地悪いやつとは友だちになれない。

 

自分の中の勝手な正義から、人にものを言うっていうのは

同時に信頼関係も失うということになる。

人にものを言った瞬間、私はあなたの敵ですよと言ってるようなものだ。

もちろん、それがただの提案なら例外となるが。

 

友だちに間違っていると言うのは

信頼関係を失うデメリットをも背負って初めてできること。

 

ただ、自分の正義を捨てなければ付き合えないような人と

ともに過ごすのは自分を捨てるのと同じ。

 

それでも、正義を押し付けるのは間違ってる。

 

世界を見てみればよくわかる。

国際関係で大切なのはお互いの文化価値観を尊重すること。

それができないからいつまでも平和が訪れない。