おめでたいの鯛

頭がおめでたい

ハタチだけど、死の恐れがなくなった。


Prime Videoである映画を見た。

「最高の人生の見つけ方」というタイトルだ。

余命宣告された老人ふたりが、

人生の最後の最後で、ワクワクを追い求めて、いろんなことにチャレンジする話。

 

残りの時間をただ家族の作り笑いに囲まれて、窒息するよりも

もっと自分のやりたいことをやって、笑って最期を迎えよう。

という内容だった。


いきなりスカイダイビングしたり、世界の観光地を巡ったり。

常人には、思いつかないような飛びぬけた行動だ。


自分が死んだら、もう世界とは関係ないんだから。

この際周りの迷惑とか

自分が死んだあとのこととか

考える必要はない。

そういうのはどうでもいいんだ。

おれらは、ただ楽しめばいい。

そんな姿勢に感銘を受けました。

 

終末ってのは、ゆっくりゆったり過ごすもんだ。

なんて思ってたので、その殻がぱっかり割れました。

 

人間いくつになっても、好きなことやればいい。

いくつになっても、挑戦し続けていいんだ。

そう教えてくれた映画でした。

 

 

ぼくは、思考が現実になるって、割と本気で思ってるので

自分が死ぬこと、大病にかかること、大けがをすることは

できる限り想像しないように努めていました。

 

ほりえもんも

自分が死んだら、すべて終わりなので

自分は死なないと仮定して、生きる。

みたいなことを言っていました。

 

だけど、今回。

いつか死んでもいいや。って思えた。

 

死なないと仮定しても、やっぱみんな死ぬんだから

なんか矛盾してるというか、

自分の中にずっともやもやが残ってた。

 

だから死んでもいいってそれを受け入れることで

心がすーっとしたような気がした。

 

 

学生時代、テスト直前にならないと勉強しなかったのと同じように。

 

人生にも期限がないと

だらだらアホみたいなつまんない生活送っちゃうのかもしれない。

医療が発達した現代社会のように。

 

だから、“いつか死ぬ”と仮定した人生の方が

より充実したものになるんじゃないかなって。

 

テスト前日と勉強効率と

テスト1週間前の勉強効率って

10倍くらい差がありますよね。

 

自分の人生にも期限を仮定した方が、充実度が上がるのかもしれない。

 

そう思って、自分を最期を考えてみた。

 

ぼくはね、100歳まで生きたい。

なんか急にそう思った。

平均が80歳なのに、80歳まで生きると仮定したら

それはもう周りとおんなじじゃん。

 

やっぱ最後まで周りと違う存在でありたいから

100歳まで生きるわ。

桁が一個違うぜって、天国で自慢したい。

 

死ぬ場所とか、直前1週間に食べるものとか

そういうのは、まだ決まらないけど

 

最後までトレーニング続けたいな。

老人でもめちゃめちゃマッチョな人いるじゃん。

 

本当にかっこいいと思う。

もう握手したくなっちゃう。

 

死に際のもっと詳しいところは

おいおい、ビビッときたら、決めていこうかなって思う。

 

とりあえず、自分の最期を決めて、それを受け入れたら

視座が高まった気がする。

 

いい映画だったぜ。