おめでたいの鯛

頭がおめでたい

受験勉強が無意味だと感じている人へ “受験経験がぼくに教えてくれたこと”

こんにちは、 ゆ←鯛 です。

 

塾講師をやっていると、生徒からいろんな言葉が聞こえてきます。

「受験勉強もうやだ。」

「学歴社会ふざけんな。」

「この勉強は社会に出て何の役にも立たない。」

「大学入学のためだけに勉強するのなんて意味ない!」

 

それを聞く度、

「もったいないなー」と思います。

 

多くの人は、こう考えてます。

「受験とは一生に数回訪れる避けられない苦痛の期間」

 

しかし、ぼくはこう考えます。

「受験とは数回しか訪れない貴重な成長期間」

 

実際、多くの人が、“学歴づくり”のために受験しますが、

ぼくは、“学歴づくり”を目的とせず、ただの経験として受験に挑戦しました。

入学もしてみたけど、実際に3か月満足したので中退しています。

 

学歴は作らなかったけど、ぼくは満足しています。

受験経験から学んだことが非常に大きかったからです。

人生を通して生きるであろう大切な“経験”です。

 

大学受験で得られるのは、“学歴づくり”だけじゃないよ

ってことをお伝えしたいです。

 

 ぼくはこんな人

 

他人のこと見下し気味な、病歴の長い厨二病患者。

学校の授業も全く聞かずに、ひたすら一人で問題集進めるタイプ。

成績は目立ったものはなかったが、高3の春に受験に覚醒する。

最低出席日数しか学校に行かず、残りは毎日図書館に通う。

他人の言うことを全く信じないため、独自の勉強法を編み出す。

なんでもない日に大学のキャンパスに突撃するなど

ぶっとんだモチベ管理で学力が急成長。

志望校以外の大学はガン無視という背水の陣で

無理と言われた上智大学に合格。

その後3か月で中退。

 

いわゆるちょっとクレイジーな奴です。

 

周りと違う行動をとり続けたクレイジーな奴だからこそ分かることがあります。

 

思考停止してひたすら勉強を勧める教師側でもなく

苦しんで苦しんで消耗していく生徒側でもない

受験を経験として捉え、誰よりも楽しんで取り組んだ

第3の視点から、“受験とは何か”を切り込んでいきます。

 

勉強は、間違いなく無意味

 

「勉強なんて何の意味もないっっ!」

と、土手で叫びたくなる人たちに声を大にした言いたい。

断言しましょう。

 

その通り!

勉強なんて何の意味もない!

 

試験対策の学問は、何の意味もありません。

 

しかし、世の大人たちはこう言います。

「将来何かと役に立つ」とか

「勉強しとけばよかったと思ってる」とか

意味不明な理屈を並べるオトナたちは無視しておきましょう。

彼らは、偏差値社会にコンプレックスをもった人間なのです。

人生に対する不安を、過去の不勉強のせいだと思い込んでいます。

金がないのは、低学歴のせい。

人生がつまらないのは、低学歴のせい。

なんでもかんでも低学歴のせいにしようとします。

彼らの壮大な勘違いに巻き込まれてはいけません。

 

ちょっと口がたつ大人たちはこう言います。

「忍耐力は、社会人として必要なこと。」

「無意味なことをやり遂げる能力は、社会人として必要なこと」

こんなアホみたいな意味付けは大爆笑ですね。

「社会人は、奴隷です。」ってメッセージを暗示されてます。

 

 

しかし、幸いなことに、ぼくらの時代は、“生き方を選べる”ので

“奴隷になるため”に受験勉強をするのは、賢くはないですね。

 

受験経験から得られること

 

ぼくが思うに、受験経験から学べる有意義なものといえば

成長体験であると思います。

 

試験で高得点をおさめるために

自分の弱点を解析したり

モチベ管理法をいろいろ試したり

試験対策法を試行錯誤して、

答えがないなりにも、

トライアンドエラーを繰り返して

自分に合った方法、最適解に近づいていく。

それが成長です。

 

あ?成長!?それだけか?って思った人も

もうちょっとだけ踏みとどまって読んでみてください。

 

成長体験は、人生を大きく左右する

 

この成長体験を実感するとしないのでは、人生を大きく左右します。

ぼくは、成長体験の数と人生における幸福度は比例していると確信しています。

 

日本初のプロゲーマー、梅原大吾さんはこう言いました。

ゲームに飽きたって言うんですけど、これは違うんですよ
ゲームに飽きたんじゃない
成長しないことにあきたんですよ
変わらない
昨日と今日やってること一緒
だからゲームがつまらないってことにしてるけど
問題なのは、成長してない自分の方なんですよ
成長が実感できてればゲームだろうが何だろうか飽きるってことはない
飽きましたってことにはならないと思います
人間が前向きに努力を続ける上では、成長があればいいんです
成長さえ実感できれば人間は飽きない

 

ゲームに限らず、仕事や勉強、人生などすべてに対して言えます。

やればやるだけできるようになるんだったら、それはそれは楽しいですよね。

しかし、毎日なんにも変わらないんだったら、ほんとつまらない。

そうですよね?

 

 

いくら他人と比べて、自分が優れていても、優越感はそれっきりです。

本当に大切なのは、過去の自分と現在の自分を比べること。

 

人間はいまだに、時間軸には逆らえません。

どうあがいても時間は進んでいく、どうあがいても現在は過ぎ去る。

 

常に成長し続けるその姿勢さえあれば、

死ぬまで楽しく生きていけるのです。

 

受験は、急激な成長を体験する貴重な期間

 

成長の唯一の欠点は、

成長の仕方、コツを知らない人が多いということです。

 

成長の仕方を知らなければ、人生楽しめません。

成長を体感したことがなければ、成長とは何かわかりません。

 

成長を体感するためには、

トライアンドエラーを繰り返すしかありません。

 

ひたすら繰り返し繰り返し、

自分で成長を実感できるまでやり続けるしかない。

一回それを経験するまで、成長とは何か分からないのです。

 

だからこそ!

受験期はとっても貴重な時期となってきます。

 

金銭面も心配いらない。

時間だってたくさんある。

毎日、勉強のことだけを考えるのに、最適な環境が整っている状態です。

他の何にも心配する必要はない。

パソコンで言えば、メモリ100%を1つのことに費やせるということです。

これは、理想的な最大効率です。

100%の力をもって、取り組めるのです。

 

家族や先生、周りの全員が応援してくれる上に

時間と金の心配がいらない

こんな最強の環境は、人生で二度と訪れません。

 

無意味だから意味がある

 

無意味なことをやり遂げることに意味があるのです。

無意味だと思えることでも、最後までやりきることで

その表面化では、思いもしないスキルを身に着けていることがあります。

 

実際ぼくは、受験勉強という無意味なことをやり遂げたおかげで

物事の習得に必要なステップを体系的に理解することができました。

 

人間、生涯学び続ける生き物なので

 

“学び方”を理解することは、その後の人生に有利に働きます。

のちのち学びたいことはたくさん出てきます。

コミュニケーション術だったり、外国語だったり、哲学だったり。

 

そんなときに、それらをどうやって学べばいいか。

学び方を知らない人は、高額の情報商材や学習教材を購入するも

結局、継続できず習得もできない、という悲しい結果を迎えます。

 

経験からなる精密なハウツーを持ち合わせていると

自らの力でスムーズに学び、生活に応用することができるのです。

 

 

どうせやるなら、楽しい方が良くない?

 

ダイソーの社長は、嫌なことから逃げ続けたと著書で語っています。

草野球大会は、親戚の結婚式で休んで、社員旅行は、親戚の葬式で休んだとか。

逃げることは、勇気ある大変立派なことです。

受験から逃げたっていいんです。

 

ただ、それでも立ち向かう。

今は他の道をまだ分からないからとりあえずレールに乗っていく!

と、そういう覚悟をしたのなら、

どうせなら楽しくやりたいですよね?

 

だったら、「受験勉強は意味がないんじゃないか」ってずーっと考え込むよりも

「なんか貴重な成長期間らしいから、成長を体感するために、自分のためにやろう」

そう思った方が良くないですか?