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勉強にやる気が出ない受験生必見!“意味付け”は最強のモチベ管理法

こんにちは。

勉強辛いですか?

逃げたいですか?

 

多くの人は、受験は我慢我慢の消耗戦だと思っています。

でも、ごく少数、まったく消耗しないで勉強し続けている人っていますよね。

 

受験期に、学校さぼって毎日図書館に通っていたぼくもそのうちの一人です。

 

みんなが必死に勉強していた夏休みの間、

ぼくは、勉強法を一心不乱に研究していました。

記憶のメカニズムから、メンタル管理法まで

本やネットで調べまくって、夏が終わる頃には

勉強が苦と思わない最強受験生になっていたのです。

 

むしろ、受験期を心の底から楽しんでいて

受験が終わったら目標がなくなっちゃうから

終わらないで欲しいとか思ってたくらい相当の基地外でした。

 

勉強のモチベ管理法

 

受験期におけるもっとも大切なものは、モチベーションの管理方法です。

 

いくら効率的な記憶法や英文の速読法を心得ていても

継続しなければ何の意味もありません。

その継続に必要不可欠なのが、絶えないやる気ですよね。

モチベーション管理は、一番重要な課題なのです。

 

モチベ管理法は、細かいことの積み重ねなので

すべてを説明するのは、難しいです。

しかし、モチベ管理法の中で

大きな割合を担っているのが“意味付け”です。

“意味付け”は、やる気の根底のあるものなので

それを理解すると、さまざまな応用も効きます。

ぜひ“意味付け”を習得して、モチベ管理に役立ててください。

 

意味付けがやる気を引き出す!

 

「私、集中力ないんです・・・」なんていう人がいますが

これは違います。

勉強には長い時間集中できなくても、

ゲームや読書、スポーツには集中できたりしますよね?

それらにも集中できない、すぐぼーっとしちゃうんだって人は

“妄想”に対して集中力があると言えます。

 

人は誰しも集中力を持っています。

ただそれを引き出せてないだけなのです。

 

では、集中できるものとできないものの違いはなにか。

それは、やる気です。

やる気のあるものには、誰でも集中できます。

やりたいことなら熱中できるものなのです。

 

そして、そのやる気に大きく影響しているのが意味付けです。

 

意味を感じないものには誰でもやる気出ません

しかし、意味を感じるものには誰でもやる気出ます。

 

例えば、災害時の非難法とか、

日用品からできる火のおこしかたとか

そういうものは、みんな必要になるかもしれないから一生懸命聞きます。

 

でも、数学とか国語の授業とか、

それらの知識を実生活でどうやって生かせばいいか見当もつかない

そういうものは、もう果てしなくどうでもいいと思っちゃいますよね。 

 

これは調査でも裏付けがとれてて

自分に関係あると知ると、とたんに興味が出て、やる気が出てきたりする 

ビジネスのマーケティングなんかにも利用されています。

 

意味付けは、興味、やる気、集中、といろんなことに作用します。

 

意味付けってなに?

 

まず、大前提として、

意味付けは人がするものです。

は?意味が分からん。って人もたとえ話だけでも聞いてください。

 

物は、ただそこにあるだけ

物に名前をつけたり

その存在の善悪判断をしたりするのは“人”です。

 

黒光りのカサカサは、ただそこにいるだけ

そいつにゴキブリという名前をつけたのは“人”。

気持ち悪いとし、害虫呼ばわりしたのも“人”。

ゴキブリだって考えようによっては、益虫にだってなりえます。

落ちた食べかすとか髪の毛とか食ってくれるんだから、

“全自動有機式掃除機ルンバ”

と名付けてあげてもいいですよね?

本気で考えてみてください。

ゴキブリが怖い気持ちは、人間心理なので仕方ないですが

ルンバと聞いたら、ちょっとだけイメージが変わりませんか?

 

受験も同じ

受験はそこにあるだけ

その存在が善か悪か判断するのも人

意味があるかないか判断するのも人

 

現在、多くの人が、受験を無意味だと考えてます

ぼくも最初はそう考えていました。

しかし、ある日、ちょっとだけ視点を変えてみたのです。

ちょっとだけ意味を仮付けしてみました。

そしたら、不思議なことに楽しめる要素が見つかってきたのです。

ぼくだって、天性のクレイジーじゃない。後天性です。

 

つまり、あなたの考え方次第で

受験で消耗するのか、むしろ楽しんじゃえるのか

選ぶことができる。

 

どうせ受験するなら

消耗したくないですよね?

 

消耗を避けるには、意味付けが必須です。

本来人それぞれが自分でするものですが

意味付けに慣れてない人にとっては、とても困難なものです。

例として、ぼくの体験談を参考にしてみてください。

 

ぼくが思う受験勉強の意味

 

当時、受験に対して細かくたくさん意味付けをしましたが

大きく分けると3つあります。

 

1、学習のハウツーを確立させることができる 

 

一見無意味に思えることでも、継続していると

その表面化では、思いもしないスキルを身に着けていることがあります。

 

実際ぼくは、受験勉強という無意味なことをやり遂げたおかげで

物事の習得に必要なステップを体系的に理解することができました。

 

人間、生涯学び続ける生き物なので

“学び方”を理解することは、その後の人生に有利に働きます。

のちのち学びたいことはたくさん出てきます。

英語学習だったり、子育ての勉強だったり、

コミュニケーション法、プレゼン法、

資産と税金について、法律について。

数えきれないほどの学ぶべきものが待ち構えています。

 

そんなときに、それらをどうやって学べばいいか。

学び方を知らない人は、高額の情報商材や学習教材を購入したり

高額のサポートを依頼したりと、お金を搾取されていきます。

その上、結局、継続できず習得もできない、という悲しい結果を迎えることもしばしば。

 

経験からなる精密なハウツーを持ち合わせていると

情報弱者として他人に依存して、搾取されたりすることもなく

自らの力でスムーズに学び、生活に応用することができるのです。

 

2、後悔しない

人生設計的に学歴を必要としないから、

別に大学なんて入学しなくても何ら問題はありませんでした。

実際入学後3か月で辞めてます。

それでも入学したのは、後悔したくなかったから。

アマゾンの設立者ベゾスの言葉を借りると

「後悔最小限主義」というのをやっていました。

大学行かないで、行ってみたかったと後悔するのか

大学行ってみて、行かなきゃよかったと後悔するのか

どっちの後悔が小さいか考えました。

こういうときは、決まって行動しなかった後悔の方が大きいのです。

当然、受験して入学してみました。

 

後日談だと、なにひとつ後悔のない道を選ぶことができました。

受験してよかった。

入学してよかった。

そして辞めてよかった笑

 

3、親や世間を試してみる

さきほども言ったように、ぼくは卒業に興味がなかった。

だから、受験期から、入学してもしばらくして落ち着いたらやめよう

とそう思ってた。

もちろん、その気持ちはだれにも伝えてない。

 

ほりえもんはこう言った。

「大学なんて無意味だ。」

「卒業に価値なんてないんだから、入学しとけばそれだけで評価につながる。」

 

はて、じゃあ、ぼくがそこそこの大学に行って中退したら

親や世間は、いったいどういう反応をするんだろうか。

と、長い時間をかけた実験をしてみた。

 

実験結果は、今までにないくらいおもしろいものだった。

家族とは、仲が悪くなった。それで一人暮らし始めたくらい。

世間からの扱いは多種多様だ。

それでも、温かい言葉をかけてくれる人がかなり多い。

 

意味付けはなんでもいい

 

親に褒められたいから?

選択肢を広げるため?

大企業に勤めたい?

 

意味付けなんてなんでもいいんです。

本当になんでもいい。

 

ぼくなんか、社会実験とか好奇心をも味方につけましたからね。

 

かわいい子が多いとか。

キャンパスがおしゃれとか。

トイレがきれいとか。

 

もうほんとになんでもいいんだ。

 

そんなどうでもいいことようなことを意味付けとして積み重ねていくと、

ちりも積もればなんとやら。

大きなモチベーションにつながっていくのです。