おめでたいの鯛

頭がおめでたい

無職生活開始、50日の修行を決意

こちらはオーストラリア無職の男。
先日、職場のボスと喧嘩をし、職を失った。

皿洗い、ホテルの清掃、皿洗い、マッサージとバイトを転々とし
ついに今回、無職となった。
手元には16万円。50日間生きられる計算だ。

麻生さんの言葉を思い出す。
人生において大切なこと。

朝は、希望とともに起き
昼は、懸命に働き
夜は、感謝とともに眠る

初めてこの言葉を聞いたとき
体中に電撃が流れた。

人生に必要な教訓がすべてこの言葉に凝縮されている。
省略しすぎず、かつ最大限シンプルにした言葉だ。

朝が苦手な人というのは、ただ希望が持てていないだけだ。
それ以前に生きてる環境に問題があるのかもしれないが・・・
昼は懸命に働く、これも重要なこと。
しっかり汗水たらして、他者に貢献すること。
そして、夜はみんなに感謝してぐっすり眠る。

これほど素敵な言葉があるだろうか、とずっと思っている。

ただ、ぼくはいま職を失い、昼間は適当に過ごしている。
今日なんか朝からずっとゲームをして過ごし、もう日付を過ぎて0時10分である。

「昼は懸命に働き」という言葉に反しているのでは、
という考えがよぎったが
それに慌てず不思議と冷静な自分がいる。

職を失って1日目は、
朝はジムに行き、
昼はスケートパークでスケボーをして、
その後ビーチで汗を流し
夜は疲れ切って寝た。

とても充実した1日だった。
このまま働かなくてもいいかもなんて思ったりした。

職を失って2日目、今日のことだ。
朝からゲームをして、
ああ、ジムに行かなきゃ、洗濯しなきゃご飯食べなきゃと思いながらも
ゲームをやめられず、結局1日中ゲームをして過ごした。
そして1日が終わった今、心がもやもやし、なんともいえない気持ちだ。

働かない今日はメリハリがなく有意義でない1日だったが
予定のつまった昨日は確かに充実していた。確かに楽しかった。

「昼は懸命に働き」というその言葉の意味について勘違いしていたのかもしれない。
懸命に、労働をするということではなく
懸命に、なにか1つのことに夢中になるということなのかもしれない。

現に昨日は、楽しかったのだから。

ぼくが大学を辞めてからもうすぐ2年が経つ。
バイトをしていないとなにかと時間が余って
後ろ向きなことばかり考えてしまうので
週7日バイト生活をしてた。
もちろん楽しくやってた。
いろんなバイトを経験したかったので、移動を繰り返していたが
もちろんバイトのない期間もあった。
そんなときは、生活リズムが崩れ、ゲームやYoutubeやら
おもしろくもないのにひたすら続けて時間が過ぎるのを待った。

そんな経験があったからこそ、昼は懸命に働く
つまりぼくの場合だとバイトをするというのが重要だと考えていた。
しかし、もしかしたら違うのかも。

せっかく50日分の貯金があるのなら
50日バイトをしないで過ごしてもいいかもしれない。
バイトがなくても、うつにならない生活を過ごす力を身に着ける必要がある。
将来的には、金のために働くような生活をしたくないと考えているのだからなおさらだ。
なにより今は本当に働きたくない。
マッサージのボスがほんとにひどかったのでまだエネルギーが復活していないのだ。

とてもいい機会なので実践してみる。
昼は懸命に働く。
何に没頭できるのか、まだまだ分からない。
それは自分をわかっていないということでもある。

やりたいことがない人なんて世界中どこにもいない。
ないと主張する人は、それはただ気づいていないだけなのだ。
本当はあるけど、いやそれは自分には無理だ、とか
絶対できないから。
とかそんなことを思っているから、無意識のうちに
やりたいこと候補のリストから削除してしまっているのだ。

だから、そんなぼくは、やりたいことリストから何を削除したのか思い出さなくてはならない
そして、なるべく削除しないように気を付けなければならない。

そのためには、もっともっと自分と向き合い。
どんなささいな希望願望も見逃さないことだ。

芸能人と付き合いたい?結構なことだ。
当たり前のようにあきらめてはいけない。
その芸能人の行きつけの店調べてそこのスタッフになって
長い時間をかけて仲良くなって、連絡先でも交換したらいい。

手段なんて考えればいくらでもある。
もちろんうまくいくかなんてわからない。

うまくいくかわからない。
それだから人生てのはおもしろいんだ。
よくアニメで超モテる、超勉強できる、超運動できる
誰もかれもがそいつをちやほやするという全知全能だけど
当の本人はなんだかつまらない、という虚無感を抱えるキャラクターがいる。

そんな風になにもかもうまくいってたらつまらないものだ。
うまくいくかわからないからこそ、うまくいったときに楽しいのだ。

コップの水を飲むという動作、100%必ずうまくいくとわかってるから
楽しい気持ちなんてなにもなしにただ飲む。

しかし、バスケのシュートという動作だったらどうだ。
この場合は、入るかわからないから
入ったときにうれしいものだろう。
そんなもんだ。

失敗するのが怖いとかなんとか言い訳しちゃう自分がいるけど
死なない限りはかすり傷。という言葉をだれかグラビアアイドルが使ってた気がする。
死なない限りはいくらでも再挑戦ができる。
借金がいくら増えたって、歳をいくつとったって
まだ死んでないんだからまだできる。

だから決めた。
50日間は猶予がある。
その間に、全力で何かに取り組んでみようと思う。